ポン酢形式

主に解析数論周辺/言語などを書くブログです。PCからの閲覧を推奨します。

RIMS: 数学入門公開講座 (2021) -- 1日目

京都大学数理解析研究所 (Research Institute for Mathematical Sciences - 通称 RIMS) で行われる「数学入門公開講座」は今年42回目を迎え、数学最先端の研究を著名な数学者の方々がわかりやすく レクチャー してくださる講義として毎年人気を博しています。

今年はオンラインでの参加です -- 以下、日程:

  • 1時間目: 計算量理論入門 ——「複雑さ」をとらえる
  • 2時間目: Frobenius写像の周辺
  • 3時間目: 代数曲面の自己正則写像

各コマの詳細はこちらへ: www.kurims.kyoto-u.ac.jp


計算量理論入門

まず、計算量理論とは:

-- '計算量' というのは英語では 'complexity' と呼ばれるそうです。ここで気づくのは OLC (Ordinary Language Compatibility: 日常語互換性) なわけですが、すこし聴き流していると「問題」という言葉の使い方について remark があったので先にそちらを:

まずはゆるい定義から:

Definition.          (Computational Problem)
[計算]問題 とは、それぞれの入力 (problem instance) に対して、答え (solution) を  \circ および  \times で 定めたもの。 ~~~~~ \bigcirc

さて、普段の会話で「問題」というと '疑問符 ? で終わる質問のこと' を連想しますが、これは、術語にしたがえば、実は「入力 (instance)」の方のことを意味しているのです。

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What is a 'problem'?

-- 初日の最も注目すべき概念といえば、やはり チューリングマシン でしょうか。具体的な詳細は教科書に任せるとして、僕が一番おもしろいとおもったのは原論文のここの部分です (特に注釈):

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チューリング:余白が足りない

-- 書き込むテープは無限に長いけど、とにかくインクは見分けがつかない

ところで、この論文中の 'computer' というのは 'he who computes' の意味であるそうで、そういうことで computer を指す代名詞には 'he' が用いられているそうです (p.21):

The behaviour of the computer at any moment is determined by thesymbols which he is observing, and his "state of mind" at that moment.We may suppose that there is a bound B to the number of symbols orsquares which the computer can observe at one moment. If he wishes toobserve more, he must use successive observations. We will also supposethat the number of states of mind which need be taken into account is finite.The reasons for this are of the same character as those which restrict thenumber of symbols. If we admitted an infinity of states of mind, some ofthem will be '' arbitrarily close " and will be confused. Again, the restrictionis not one which seriously affects computation, since the use of more complicated states of mind can be avoided by writing more symbols on the tape.

チューリングの原論文はここ:

londmathsoc.onlinelibrary.wiley.com

講座中に使われる1時間目のスライドはここにまとめられています:

www.kurims.kyoto-u.ac.jp


Frobenius 写像の周辺

Frobenius 写像とは、素数  p で割ったあまりの集合  A で行う代数において、ある数  a をとったとき

 a ~~~ \longmapsto ~~~ a^p

とする操作のことを呼びます。これがそれほど重要とされる理由は、 a, b \in A について

 (a+b)^p ~~~ = ~~~ a^p + b^p

という、一見エキゾチックな(!)関係が成り立つということにあります*1。初日の講義では、この関係式は多項式環  \mathbb{F}_p [X] における ``余り付き割り算" ( \leadsto 「体」という構造) を定めるのに用いられました。

-- 数学のイベントに参加するたびに思っているのが、'数学的な性格は見た目に現れる' ことです: この人は数理物理系の人かな -- お、この人は多重ゼータに違いない. でも、いちばん自分がお気に入りの - 同じ場所にいると落ち着く - 人って、やっぱり数論周辺の住人 (denizens) が多い気がします。

なお Friedrich Gauss と Sophie Germain の文通で、Gauss は数論を志す人たちについて次のように述べています:

The taste for the abstract sciences in general and especially for the mysteries of numbers is very rare: one may be surprised; the enchanting charms of this sublime science reveal themselves in all their beauty only to those who have the courage to deepen it.

Germain-Gauss Correspondence, Letter 7, dated 30 April 1807.

代数曲面の自己正則写像

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荘子代数多様体.

-- 荘子は述べました:

機械をもつものには,必ず機械にたよる仕事がふえる。
機械にたよる仕事がふえると,機械にたよる心が生まれる。

荘子 I』, 森 三樹三郎 (訳), 中央公論新社 (2001).

中山先生のおっしゃるところでは、現代数学における

といった概念というのは「便利な道具」としてみる (つまり means であり end ではないという) 捉え方がよいそうで、これらの道具を備えて初めて 整数論 とか  ~ \zeta ~ といった深くなじみのある分野で無双できる、という流れを進む学生さんを多く指導なさってきたそうです。

しかし、これらの技術はあまりに習得が難しいのです -- いわば:

``カンタン" に辿り着くためには、

「山」(= 高級な (!) 数学的技術の集合) を乗り越えなければならない

というわけです。*2

そうして一度冷静になって立ち返ってみると、数学*3 - に限らない任意の '技術' が違った見え方をしてきます。

なお Frédéric Chopin:

Simplicity is the final achievement. After one has played a vast quantity of notes and more notes, it is simplicity that emerges as the crowning reward of art.

Frédéric Chopin - Wikiquote

Good-bye.

*1:実際、中学の数学で (a+b)² "=" a² + b² だったら計算が楽なのにな、と思ったことは誰でもありそうです。

*2:たしかに、中学生のころに整数論から始まって、おととしの夏に会ったときは数理論理学にまで迷い込んでいた友人 G.Ł. を思い出します: "いや、俺いずれは整数論に帰るつもりなんやて・・"

*3:「Fermat の最終定理の証明にあんな道具はいらない」というモチベーションも気になるところです。