ポン酢形式

主に解析数論周辺/言語などを書くブログです。PCからの閲覧を推奨します。

RIMS: 数学入門公開講座 (2021) -- 2日目

この記事は数理解析研究所で8/2から4日間のあいだ開催されている第42回数学入門公開講座の2日目のノートです。

1日目の記事はこちら:

zeta-aniki.hatenablog.com

計算量理論入門

一時間目は、前日夜中までいろいろ読み漁ってて疲れてたのでほぼ横になりながら聴いていましたが、オンラインの Q&A での回答によるところでは、一時間目の「計算量理論入門」と二時間目の「Frobenius 写像の周辺」は 京都大学OpenCourseWare に公開される予定 だそうです。

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Open Education and the Equality of Opportunity

京都大学にも OCW があるのは知りませんでした。これからもっと大規模になって、世界の教育に貢献していってほしいですね。

ocw.kyoto-u.ac.jp

Open education 最高!!

zeta-aniki.hatenablog.com

Frobenius 写像の周辺

1日目は整数全体の集合  \mathbb{Z} から出発しましたが、今回は有限体上の多項式環  \mathbb{F}_{p} [X] から始めたときの類似物を考えます。

さて、整数における「素数」は多項式環における「既約多項式」というものに対応します ( f(x) が '既約である' とは、次数  d よりも小さい次数を持つ複数の多項式の積で書けないことをいいます)。似た要領で「素因数分解」は「既約多項式分解」という類似を持ち、存在と一意性を継承します。

 \mathbb{Z} ~~~ \overset{類似}{\leftrightsquigarrow} ~~~ \mathbb{F}_{p} [X]

 p ~~~ \leftrightsquigarrow ~~~ f(X)

素因数分解  ~~~ \leftrightsquigarrow ~~~ 既約多項式分解

今日導入されたもので大事なのは「原始根」という概念です。これは、いま多項式環を既約多項式で割ったときのあまりが定めた可換環  \mathbb{F}_{f(X)} の元  a について定められる概念ですが、これはあとあと

 \underline{\mathbb{F}_{f(X)}} の Galois 理論

というものを考えるときに使われます。(原始根を定義するにあたり考察する「位数」(order) の定義をする部分に入るといきなり べき乗 という操作がたくさん議論されはじめますが、これは有限体の Galois 理論 ( \cong 多項式の[べき]根についての理論) を見越したムーブだということで、今日から明日にかけての講義は代数幾何の諸定理の証明にむけた準備期間だと思うことにします。)

代数曲面の自己正則写像

今回の講義は最初からいきなりすごくおもしろい話が聞けました。

連続講義の全体のテーマは「代数曲面」なわけですが、これは "非特異2次元射影多様体" とかいう別名を持っているので、これを考えるためにまず1次元の射影多様体 -- 射影曲線 -- というものを考えます。

定義より、非特異射影曲線は "1次元コンパクト複素多様体" という構造を持ち、一般に1次元の複素多様体は「リーマン面」と呼ばれます。これは Hermann Weyl という数学者によって定式化された*1もので、たとえば「小平次元」という概念の創始者として知られる著名な数学者 小平邦彦 にとって 複素多様体の調和積分 の研究を始めるきっかけともなり、彼の数学研究にとても大きな影響を与えています*2

さて、講義の初頭にこの文脈で触れたのが「ディリクレの原理」というものです。もともとは調和関数などにまつわる主張をするものですが、Weyl は本講義のテーマにより近い直交射影の方法としての形式化を行いました*3。しかし、Weyl 自身や、何十年も前にディリクレの原理を有名にしていたリーマンが 直観 (intuition) に頼り切った数学の仕方をしていたため*4、Weierstrass (解析学を厳密に定式化した数学者) はこれを強く非難します。

さて、この

直観 ~~ vs. ~~ 形式

という構図は強く「ブルバキ」という名前の由来を思い出させます。というのも、Bourbaki という名前は、もともと

Poincaré に代表されるフランスの直観主義 ~~ vs. ~~ Hilbert に代表されるドイツの形式主義

-- という対立のあったヨーロッパの数学界において、当時のフランスの数学的な雰囲気に反感を持った若い数学者たちが集結したとき、彼らがフランスがドイツに負けた普仏戦争の将軍の名前から取った名前であるからです*5。これは、ブルバキの筆頭メンバーである André Weil が京都賞を受賞した際の記念講演で本人がしている話なので、正しいという証拠は十分にあるといえるでしょう:

Bourbaki had been the name forageneral in the 1870 war between France and Germany. Bourbaki was the name selected to appear as the fictitious author [of] our work. Thus, for many years, anonymity was preserved.

https://www.kyotoprize.org/wp-content/uploads/2019/07/1994_B.pdf

ところで、リーマンが著名なのは解析数論だけじゃない、みたいな、ある分野で特に有名な数学者の他の分野での活躍って気づくともっと自分が読みたい文献が広がるので、そういう視点で数学者の [auto]biography をもっと読み続けたい -- Gauss (数論) とか Poincaré (位相幾何学) も、たとえば天体力学の業績は比較的あまり知られていない一方でとても著しいわけで、過去の偉大な数学者についてもっと詳しく読んでいきたい: 自分が一般向けの講座を聴きに行くのが好きなのは、こういう random な感化で cross-pollination が大いに期待できるから

Good-bye.

*1:Hermann Weyl, Die Idee der Riemannschen Fläche, 1913 -- https://archive.org/details/dieideederrieman00weyluoft

*2:https://www.iwanami.co.jp/files/tachiyomi/pdfs/0063160.pdf

*3:Hermann Weyl, The method of orthogonal projections in potential theory, 1940 -- The method of orthogonal projection in potential theory

*4:https://ccmath.meijo-u.ac.jp/~suzukin/dl/Dirichlet.prob.pdf

*5:そういうわけで、数学というのはまさに「人間らしい」おこないなわけです。概して、イデオロギーというのは「あたりまえすぎて見えない」というのがポイントなので -- たとえば空集合の記号のように。